優しくしたいのだけど
伝わらない無力感を感じるときがあります。
たとえば、今は離れていて
いくら心配しても、どうしょうもないんです。
自分の手の皮がむければ、元カノに蕁麻疹が出たんじゃないかと心配になり
自分が少し風邪気味になれば、元カノは風邪をひいていないだろうかと気にかかる。
こういう、虫の知らせというか、
物理的でない事による心のつながりを感じることは
恋愛感情でもあり
妄想的であり
愛情でもあり
憎しみでもあり
まとめて言えば、沸き上がる強い感情です。
この、強い感情のうちで、
愛情や優しさのやりどころに困ることがある。
愛情や優しさは心だから形が無くって、
現実をどうしても通す必要があって
頭をなでたり、言葉にしたり、笑顔を向けたりするんです。
だけれど、
これらの現実的な行為を受け取ってもらえないとき、
頭をなでるのをいやがられたり
メールや電話の返信がなかったり
笑顔を向ける人がそこにいなかったり。
そういうときは、強い感情
優しさや愛情のむけるやりどころがないんです。
そういうときは、
その自分の感情エネルギーが強いほどに
無力感に襲われます。
この無力感に僕らは挑まなくてはいけない。
ただ無力感を脱するがために、強引に優しさを押しつけてもいけない。
無力感を感じないように、優しさを引いてもいけない。
この無力感にぐっとこらえながら、
出ように出ることのできない、優しさのエネルギーを暖め続ける必要がある。
重い雪がとけて、
春になって草花の芽が力強くでるように、
その内なるエネルギーを蓄えて春を待つ。
「重くても こらえて待てや 雪の竹」
春になれば、自然と草は芽をだすんです。そのときまで。